薬を使わず治すパニック障害〜誤作動した脳と心の修理

パニック障害を発症し、克服するまでの記録です

強迫的な鍵の確認が始まる・・

朝起きたら治っているかもしれない。


  明日になれば吐き気を感じず、
ベビーカーに息子を乗せてお散歩できるかもしれない。

いつの間にか、一人で外出することが一番の望みになっていた。

前は一人であちこち行けた。

車も乗れた。

誰かに会いたいと
思えばすぐに会いに行けた
遠くへ行くのは楽しい非日常だった

一人焼肉をしてみたり
六本木のイタリアンに一人で行ってみたり
池袋や銀座のバーで一人で飲んでみたりもした

一人を時々楽しむのが大好きだった私が、
息子を迎えて
楽しくあちこち出かけようと思っていた私が、


どこへ行くにも夫がいないと行けなくなるなんて。

 





毎朝期待を込めて起きる朝。
すぐに異変を感じて動けなくなる日々。
絶望を押さえこみ、明日こそはと思い直す夜。


やめていた日記を再開した。
魔法を毎日信じた。


いつの間にか私の頭の中は
自分の体の異変ばかりを気にしていて、
すっかり周りが見えなくなっていた。


「車に乗ってうちに来ればいいじゃない」
という友達の誘いにすらイラついた。


それができればこんな思いをしないよ!
夫が普通に出かけることすら恨めしかった。

知り合いのいない町で赤ん坊と二人残されて
吐き気や動悸を感じて家から一歩も出られず。
たまに鳴るインターホンは宗教の勧誘が多かった。


そのうち休日も家に籠るようになった。
息子が笑顔で夫と遊ぶ様子を見て、
抱っこすらできない自分を責めた。

どうして抱き上げようとすると
吐き気を感じてしまうのだろう。


私はとても疲れていて、
時々自殺の二文字が頭を過るようになった。

それでも息子の笑顔が私を止めた。
同時に息子の笑顔は私を責めた。



しばらく実家に戻りたい。
母との仲は良いものではないけれど、
息子を見せたいし、抱っこしてほしい。


でも夫は「そんなお金はない」と即答した。

「なんで?みんな里帰りくらい一回はしているよ」

「そんなお金うちにはないんだよ。諦めて」

何度かこんなやりとりが続いた。


思えば助産院で出産をし、3日で退院をした私は
ずっと睡眠不足のままだった。


食事もお世話も家事も何も気にせず、
1日ずっと泥のように寝たかった。

親戚に息子を任せて
数日くらいはゆっくりしたかった。
でも夫はそれを全て拒否して、
自分たちだけで子育てをすることを促した。


すべてが孤独だった。
話せば話すほど夫とは遠くなっていった。

それでも毎日気を取り直し
育児に励むように心を戻した。


いつの間にか、朝の吐き気は減っていった。
少しだけ、近くのスーパーへ出かける練習を始めた。
家の鍵を閉め、車に息子を乗せ、出発。


「・・・・。」


50メートルほど走った後、なんとなく家の鍵を閉めたか思い出してみた。

・・・閉めたはず。

大丈夫、閉めた。

閉めた・・・・。
 





私は車をUターンさせ、家の鍵を確認した。

・・・閉じていた。

よかった。


もう一度車に乗り、出発させた。
でも距離が伸びれば伸びるほど、
私はもう一度Uターンして家の鍵を確認した。

最低3回は確認に戻ることが日課になった。

なんで閉めたはずの鍵がこんなに気になるんだろう。

閉めたはずなのに

ぞわぞわと閉めていないかもしれない
という恐怖が私を何度も襲った。


おかげで誰かと約束をして出かける時は
遅刻常習者になってしまった。


なぜだろう。
確認せずにいられないのは。
閉めたはずなのに、心がざわつくのだ。


これもまた、一つの症状であることに
ずっと後で気づいたのだった。